父と過ごした4日間

父が亡くなった。

母から父が入院したとの連絡をもらって、
台風の翌日に見舞いのつもりで、帰省することにした。
台風の影響で、フライトは3時間近く遅れた。
飛行機を降り、スマフォの機内モードを解除すると、
母からのかなりの着電通知が表示されていた。
ほどなく、またかかってきて言うことには、「もう、ダメみたい。」
電話を父の耳元に当ててくれたらしく「すぐ行くからね」と病院へ急いだ。

間に合わなかった。
手を触ると、まだ暖かみが残っていた。
幸い、母方の叔母夫婦が見舞いに来てくれていて、
母と一緒に看取ってくれたらしい。

同様に見舞いに来る予定だった父の姉たちも、
夕方に駆けつけてくれた。
すぐそばに、その日に母が会員となった葬儀場があり、
葬儀はそこに頼むことになった。
病院でお別れの儀式をした後、遺体を葬儀場へと連れて行った。

父方のお寺さんにも連絡が取れ、
母方の親戚も駆けつけ、枕経をあげてもらった。
葬儀場と話した結果、通夜が翌々日、葬儀がその翌日に決まった。
その日は、母と一緒に父のいる部屋に泊まった。

翌日は、葬儀場と詳細な打合せ。
右も左もわからない中、叔母がいてくれて助かった。
妹と姪がやってきて、父と面会。
バタバタするうちに、夜になり、この日も母と父のいる部屋に泊まった。

翌日の昼ごろ、かみさんと息子も到着。
納棺師の方々が、父の体を浄め、お棺へと入れた。
通夜には父方、母方の親戚がたくさん来てくれた。
本当に何十年ぶりになるいとことも会うことができた。
その夜は叔父と交代で寝ずの番。ぼくのほうが長く寝させてもらった。

そして葬儀の日。
焼香が終わった後、みんなでお棺に花を入れる前に、
母がお棺のふたの裏に父へ贈ることばをしばらく考えて書いていた。

出棺し、火葬場へ。
火葬が終わるまで、おじやいとことビールを飲みながら話す。
焼け残った骨を拾って骨壷に入れた。

その後、葬儀場に戻り、初七日を済ませ、ひと段落。
怒涛の4日間だったけど、最後の4日間を父と過ごせたのは幸いだった。



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